味の素ビルドアップフィルム(Ajinomoto Build-up Film、ABF)は、高性能半導体のパッケージ基板で、積層した銅配線を電気的に隔てる層間絶縁フィルムだ。2026年8月、中国本土の一部顧客への供給を約3割減らすと味の素が通知したとの報道が出たが、同社は対象や数量を公表していない。確認済みの事実は、AI向け需要を見据えた材料メーカーと国内基板メーカーの増産計画である。短期の配分をめぐる未確認情報と、数年先の生産能力は分けて見る必要がある。
ABFとABF基板は別のもの
ABFは樹脂を薄膜にした材料であり、ABF基板はそのフィルムと銅配線を何層も積み上げた完成部材を指す。味の素ファインテクノの製品資料によると、ABFは支持体のPET、ABF樹脂、保護フィルムからなる。基板へ積層した後に配線を形成し、微細な導体パターン、レーザーによる穴開け、複数の絶縁層をまたぐビア加工に対応する。低熱膨張や低誘電損失など、用途に応じた複数のグレードも用意されている。
半導体チップの端子はナノメートル単位の回路につながる一方、マザーボード側の接続はミリメートル単位になる。味の素の技術資料は、ABFの表面にレーザー加工と直接銅めっきを施し、両者をつなぐマイクロメートル単位の回路をビルドアップ基板に形成すると説明している。CPU、GPU、AI向けASICの入出力端子が増え、基板が大型・多層になるほど、絶縁と配線の工程が占める役割は重くなる。
供給集中の背景──材料と加工条件を一体で磨く
味の素グループによると、ABFは1999年に大手半導体メーカーへ採用された。現在の世界シェアについて、同社は主要なパソコンなどに使う層間絶縁材のほぼ100%と説明する。この数字は会社側の公表値で、すべての半導体用絶縁フィルムを対象にした第三者調査ではない。それでも、特定分野で供給が一社に集中している構造は読み取れる。
参入の壁は樹脂の配合だけではない。味の素は顧客の製品条件と加工技術に合わせ、耐熱性、めっき、レーザー穴開けの検証を繰り返すとしている。フィルムを替えれば、基板メーカーは表面粗さ、熱膨張、誘電特性、穴開けとめっきの条件を改めて確かめる。試作品で近い性能が出ても、量産時の歩留まりと長期信頼性がそろうまでは、同じ用途へ直ちに置き換わらない。
中国向け3割減は未確認──公式説明とのずれ
米Tom's Hardwareは2026年8月19日、中国メディアJW Insightsが匿名の供給網関係者から得た情報として、味の素が中国本土の顧客に対するABF供給を3割減らすと伝えたと報じた。味の素の公式発表では、対象顧客、削減量、実施時期を本稿執筆時点の8月23日までに確認できていない。「3割減」は世界生産量の削減率でも、AI向け全体の減少率でもない。
会社側が直前に示した説明は異なる。味の素は6月30日の電子材料事業説明資料で、2026年度のABF需要は期初から好調で、生産と外部委託を含む供給体制について「サプライチェーン全体で懸念なく」と説明した。この全体説明と8月の個別顧客をめぐる報道の間に、会社からの補足は出ていない。全体の供給能力と顧客別の配分は同じ指標ではないため、公開情報だけでどちらか一方を事実として確定することは難しい。
国内の増産──材料は2032年、基板は2027年度から
材料側では長期の能力増強が決まっている。味の素は2026年5月、岐阜県可児市にABFの第三生産拠点を設け、2028年に着工し、2032年に稼働させる計画を公表した。川崎市の本社工場、群馬県昭和村の群馬工場から距離を置き、生産能力と事業継続の双方を強める。2032年の稼働予定は、2026年の短期的な配分問題をすぐに解消する設備ではない。
基板側ではイビデンが先に動く。同社は2026年度から2028年度までの3年間に電子事業へ約5000億円を投じる計画を決め、第一段階の約2200億円を高性能サーバー向け高機能ICパッケージ基板の生産能力増強に充てる。河間事業場などで2027年度から順次稼働し、量産を始める計画だ。
国内には別の基板メーカーもある。新光電気工業は、微細配線、多層化、大型化に対応するフリップチップパッケージ用基板を製品化し、用途にハイエンドサーバー、GPU、CPU、ASIC、FPGAを挙げている。ただし、基板の増産計画からABFの調達量や特定顧客からの受注額は分からない。材料、基板、半導体パッケージは別々の生産能力と歩留まりを持つ。
供給報道を読む三つの境界
第1は、材料メーカーの世界生産量と顧客別の割当量の違いだ。一部顧客への3割減が事実でも、世界全体の生産が3割減るとは限らない。第2は、フィルムの供給と基板の出荷の違いである。基板メーカーの在庫、採用グレード、製造ラインの能力、歩留まりによって影響の出方は変わる。第3は、基板の出荷と完成品の納期の違いだ。パッケージ組立、半導体の試験、サーバーの在庫が間に入るため、材料の報道をパソコンやAIサーバーの値上がりへ直結させる根拠はまだない。
確認すべき次の公表情報は、味の素による顧客別配分の説明、岐阜新拠点の着工と能力、イビデンの量産開始、代替材料の顧客認定である。日本国内のAIサーバーやパソコンで、ABFを理由とする納期遅延が発生したことを示す公的資料は確認できていない。報道された比率より、どの段階の数量が、いつ公表されたかを追う必要がある。
よくある質問
ABFとABF基板は同じものか
同じではない。ABFは銅配線の層間を絶縁するフィルムで、ABF基板はその材料と銅配線を積層し、微細な穴と回路を形成したパッケージ基板である。
味の素による中国向け3割減は確定したのか
確定していない。匿名の供給網関係者に基づく報道はあるが、味の素は対象顧客、数量、実施時期を公表していない。6月30日の会社資料は供給体制に懸念はないとしており、情報のずれが残る。
国内メーカーの増産で短期の不足は解消するのか
公表された日程だけではそう判断できない。味の素の岐阜新拠点は2032年の稼働予定で、イビデンの追加設備は2027年度から順次量産に入る。材料と基板では完成時期も役割も異なる。
代替材料があればすぐにABFを置き換えられるのか
試作品が存在するだけでは足りない。基板ごとに熱膨張、誘電特性、レーザー加工、めっき、量産歩留まりを確かめ、顧客の認定を通る必要がある。認定前のサンプル出荷と量産採用は別の段階だ。
出典・参考資料
- 層間絶縁材料 味の素ビルドアップフィルム(ABF)(味の素ファインテクノ)ABFの構成、基板への積層後に配線を形成する工程、微細配線・レーザー加工・多層ビアへの適性、製品グレード、主要パソコン向け層間絶縁材の自社シェア説明
- 味の素ビルドアップフィルム(ABF)(味の素株式会社)1999年の採用、ビルドアップ基板での役割、レーザー加工と直接銅めっき、顧客の加工条件に合わせた検証の説明
- 電子材料事業の成長戦略―味の素ファインテクノ社工場バーチャル見学会―(味の素株式会社)2026年6月30日時点のABF需要、生産拠点、投資計画と、供給体制はサプライチェーン全体で懸念がないとの会社説明
- 味の素、味の素ファインテクノが新工場用地を取得(味の素株式会社)岐阜県可児市の第三生産拠点、2028年着工、2032年稼働開始、ABFの生産能力拡大とBCPという建設目的
- Ajinomoto reportedly cuts critical chip packaging film supply to China by 30%(Tom's Hardware)中国メディアが匿名の供給網関係者に基づき伝えた、中国本土の顧客向けABF供給3割減という未確認情報を報じた記事
- 高機能ICパッケージ基板向け設備投資計画に関するお知らせ(イビデン株式会社)2026~2028年度の電子事業への約5000億円投資、第一段階の約2200億円、高機能ICパッケージ基板の2027年度からの順次量産計画
- フリップチップパッケージ用基板 DLL/DLL3(新光電気工業株式会社)微細配線、多層化、大型化に対応する基板技術と、ハイエンドサーバー、GPU、CPU、ASIC、FPGAという用途