高齢者のための包括的ケア(Integrated Care for Older People、ICOPE)は、認知機能、移動能力、活力、視力、聴力、心理機能の変化を捉え、本人に合わせた支援へ結ぶ世界保健機関(WHO)の枠組みだ。WHOが2025年に公表した第2版の手引きは、基礎評価、詳細評価、個別ケア計画の作成、実施とモニタリングの4段階を示し、地域の状況に合わせて運用する構成とした。
基礎評価で低下の徴候が見つかっても、病気や要介護状態の診断にはならない。結果を伝えて終えるのではなく、原因と生活への影響を詳しく評価し、本人が続けたい生活を軸に支援を決め、紹介先へ実際につながったかを追う必要がある。
急な変化は結果説明を待たず119番
支えなしでは立てないほど急にふらつく、顔の片側が動きにくい、ろれつが回らない、突然片方の腕や脚に力が入らない、急な息切れや呼吸困難がある場合は、定期的な機能評価や紹介を待つ段階ではない。総務省消防庁の高齢者向け資料は、これらを直ちに119番へ連絡する症状として挙げている。突然の激しい頭痛、意識がない、普段どおり話せない場合も直ちに救急要請へ切り替える。
低下の徴候は詳細評価への入口
国立保健医療科学院の2024年の解説は、ICOPEの基礎評価で内在的能力の低下の徴候があれば、さらに詳細な評価へ進むとしている。詳しい評価には、本人の生活と優先順位、低下した領域の状態、基礎疾患、服薬、身体・社会環境の確認が入る。
同じ「歩きにくい」という結果でも、関節や神経の状態、急な体調変化、服薬、栄養、視力、住環境など、確認すべき背景は一つではない。認知機能や気分の項目も、一つの回答から病名を決めず、始まった時期、変化の速さ、日常生活への影響を合わせて見る。6領域の確認項目と判定の限界は、高齢者の「6つの内在的能力」とICOPEのスクリーニングを扱った記事で整理している。
WHOの4段階──評価から実施・モニタリングまで
- 基礎評価:どの内在的能力に低下の徴候があるか、社会的な支援の必要性があるかを確認し、結果を記録する。
- 詳細評価:徴候の経過と生活への影響、基礎疾患、服薬、住環境、家族や地域の支援を調べる。
- 個別ケア計画:本人の目標と優先順位を確認し、介入内容、紹介先、担当、確認時期を一つの計画にまとめる。
- 実施とモニタリング:紹介先で支援が始まったかを確かめ、状態と目標の変化に応じて計画を見直す。
引き継ぎ記録では、4段階を結果説明、詳細評価、計画作成、紹介・介入、追跡、再評価の6項目へ分けると、支援が止まった場所を特定しやすい。これは実務上の確認点への分解であり、WHOが「6段階」を定めたという意味ではない。
WHOの2022年の実装調査報告は、スクリーニングからケア計画、紹介、追跡までを一続きにし、保健医療と社会的ケアの複数部門が調整する必要があるとした。初回の評価件数だけでは、必要な支援が本人へ届いたかを示せない。
日本の保健事業はICOPEと同一ではない
日本には、後期高齢者向けの質問票や健診、医療・介護情報を使い、必要な支援へつなぐ公的な保健事業がある。これはWHO版ICOPEの全国共通運用ではなく、評価項目も対象者の抽出方法も異なる。
厚生労働省が2024年に公表したガイドラインは、身体的フレイルの例で、質問票、健診結果、受診・服薬状況、本人の希望を確認し、専門職や地域支援へ接続した後、中間・事後評価で目標と計画を見直す流れを示している。支援できた人数と割合、適切なサービスへつながった人数と割合、連絡や引き継ぎのしやすさも評価項目に含む。
この流れは、評価を支援へ結ぶ日本の実務を考える資料になるが、ICOPEで低下の徴候が出た全員に同じ紹介先や再評価間隔を定めたものではない。WHO版ICOPEの基礎評価から紹介、介入、追跡までを全国共通で運用していることを示す公的資料は、本稿の執筆時点で確認できていない。
引き継ぎ先──医療と生活支援を分けて確認
評価を受けた医療機関や実施団体には、低下の徴候が出た領域、結果からは分からない点、次の評価先、連絡担当、予定時期を確認する。持続する体重減少、歩行の変化、見えにくさ、聞こえにくさ、認知機能や気分の変化は、かかりつけ医へ経過と生活への影響を伝え、必要な診察や専門職の評価へつなぐ。
通院手段、買い物、食事の準備、住まい、家族の介護負担など生活・介護の困り事は、居住地の地域包括支援センターが相談先になる。厚生労働省は、地域包括支援センターを市町村が設置し、高齢者の総合相談、介護予防に必要な援助、地域の支援体制づくりを担う機関と位置付け、都道府県別の案内を掲載している。
家族が残す4項目
- 結果:低下の徴候が出た領域、評価日、評価時の体調、結果から確定できない点を残す。
- 経過:変化が始まった時期、転倒、体重、食欲、外出、日常生活で増えた介助を時系列で書く。
- 引き継ぎ:紹介先、予約方法、連絡担当、紹介先で予約・受け入れを確認できたかを記録する。
- 追跡:次の確認日、目標、支援を続けられなかった理由、計画を見直した内容を記録する。
小児・妊娠中の人、持病・常用薬のある人
ICOPEは高齢者向けの枠組みであり、小児や妊娠中の人の健康評価へ転用しない。持病がある人や薬を常用する人は、病名、処方薬、市販薬、サプリメント、服薬を変更した時期を詳細評価の担当者へ伝える。医薬品医療機器総合機構(PMDA)は、処方薬を自己判断で中止・増減せず、複数の医療機関や薬局から薬を受け取る場合は使用中の全ての薬を伝えるよう案内している。
評価件数より支援への到達と再評価
運用を点検する指標には、低下の徴候が出た人のうち結果説明を受けた割合、詳細評価へ進んだ割合、紹介先へつながった割合、支援の開始までに要した日数、途中で止まった理由、再評価での生活機能の変化が入る。厚生労働省のガイドラインも、支援人数に加え、専門職・地域支援へ接続した人数と割合、中間・事後評価、継年的なモニタリングを挙げている。
WHOの2022年報告には調査上の限界もある。便宜抽出した回答者と4カ国の事例を使った形成的評価であり、特定の国や地域を代表する結果ではない。日本での実装を評価するには、国内で実際に使う評価法、紹介先、未完了の理由、再評価結果を同じ定義で追う資料が要る。
よくある質問
一つの領域に低下の徴候が出たら病院へ行くのか
結果だけでは決まらない。まず実施団体へ詳細評価の方法と紹介先を確認し、持続する変化はかかりつけ医へ伝える。急なふらつき、片側の脱力、ろれつの異常、呼吸困難は結果説明を待たず119番へ連絡する。
紹介後は何カ月で再評価するのか
全員に共通する一つの期間はない。本人の状態、介入内容、地域の運用に応じて計画へ日付を記し、中間評価と事後評価で目標と支援内容を見直す。
地域包括支援センターは病気を診断するのか
診断機関ではない。生活や介護の総合相談、介護予防の援助、地域の支援先との調整を担う。医療上の評価が必要な変化は、かかりつけ医や紹介された医療機関へつなぐ。
出典・参考資料
- Integrated care for older people (ICOPE): guidance for person-centred assessment and pathways in primary care, 2nd ed(World Health Organization)基礎評価、詳細評価、個別ケア計画、実施とモニタリングからなる2025年版の4段階
- ICOPE implementation pilot programme: findings from the ‘ready’ phase(World Health Organization)全段階の実施、紹介、追跡、保健医療と社会的ケアの連携、および調査設計の限界
- WHOが推奨する高齢者のための包括的ケア―ICOPE(Integrated Care for Older People)について―(国立保健医療科学院)低下の徴候から詳細評価、個別ケア計画、紹介、モニタリングへ進む日本語の解説
- 高齢者の特性を踏まえた保健事業ガイドライン第3版(厚生労働省)身体的フレイルを例にしたニーズ把握、サービス接続、中間・事後評価、計画見直し、事業評価指標
- 救急車利用リーフレット 高齢者版(総務省消防庁)高齢者で119番を急ぐ急なふらつき、片側の脱力、ろれつの異常、呼吸困難
- 処方薬を使用する際の注意点(Q9)(医薬品医療機器総合機構)処方薬の自己判断による中止・増減を避け、使用中の薬を医師・薬剤師へ伝える案内
- 地域包括ケアシステム(厚生労働省)地域包括支援センターの設置主体、総合相談、介護予防、地域支援体制づくりの役割